「仕事できないよね」
この一言がなぜこんなに刺さるのでしょうか。嫌な気持ちになりますよね。
顔がかっこよくないと言われるよりも、料理が下手と言われるよりも、圧倒的にダメージが大きい人もいることでしょう。
ではそれはなぜでしょうか。
それは、私たちが「仕事」=人間の価値だと無意識に信じているからだと言います。
今回は「仕事ができない」はなぜ最強の悪口なのかという動画をもとに、掘り下げて解説していきます。

積読チャンネル、ラジオ感覚で視聴できて面白くて好きです。よかったら動画ものぞいてみてください。
仕事は手段だったはずなのに…
もともと仕事とは何だったかについて考えてみましょう。もともとはお金を得るための手段が始まりです。
生活のため、食べるため、家族を養うため。これが本質のはずです。
ところが今、私たちはこう思っているのではないでしょうか。
- 仕事で成功すれば幸せになれる
- 仕事で評価されれば人生が肯定される
- 仕事で充実感を得られないのは問題だ
本来「生活のための手段」だったものが、いつの間にか「人生の目的」にすり替わっています。
かつてマルクスはこう言いました。
カイコは繭を作るが、それは安楽な生活のためだ。
マルクス
しかし賃金労働者は、生きるために人生を売り渡す。
問題はここからです。
私たちは今、繭を作ることそのものが人生の目的だと信じ込まされているのです。

仕事が人生の目的になってしまっている。なるほど
将来の夢はなぜ”職業”なのか

子どもにこう聞くシーンがあるかと思います。
「将来の夢は?」
こう聞いた時、ほぼ全員が職業を答えるはずです。
- 医者
- 消防士
- パティシエ
- YouTuber
でもこれっておかしくないでしょうか?
なぜなら「将来どうなりたいか?」なら、
- 優しいおじいちゃんになりたい
- 世界を旅し続けたい
- 本を読んで暮らしたい
でもいいはずです。なのに私たちは、将来=仕事という前提で生きています。
つまり仕事が、人生の物語の中心になっているということなのです。

ここの話が一番面白かった。たしかに将来のことを聞かれているのに”職業”で答えなきゃいけないみたいな節があるような気がする。
「仕事ができない」はなぜ最強の悪口なのか
ここで考えてみてほしいです。次の3つを言われたらどれが一番嫌でしょうか。
- 顔あんまりかっこよくないよね
- 料理下手だよね
- 仕事できないよね
ほとんどの人が3を選ぶのではないでしょうかと動画では言っていました。
ではなぜ「仕事できないよね」と言われて嫌な気持ちになるのでしょうか。
それは無意識の中で、「仕事ができる=人間として価値がある」という方程式が成立しているからだと言います。
- 働けない自分に価値を感じにくい
- 成果を出せないと自己肯定感が崩れる
- 生産性がない時間に罪悪感を持つ
こういった考えを持つようになってしまいます。
私たちはすでに、「生産性のある人間でなければならない」という呪いにかかっているのです。

顔かっこよくないねってストレートに言われるのも結構嫌だけど、確かに仕事できないよねって面と向かって言われたら嫌な気はするなと思った。
仕事に人生を乗っ取られる瞬間

- 子育てを「大仕事」と呼ぶ
- 新婚生活を「人生のプロジェクト」と言う
- 恋人へのLINE返信をタスクリストに入れる
という話が出てきました。この三つから言えることがあります。
それは、仕事以外のことまで、仕事の言語・単位で語っているということです。
つまり、効率や成果、生産性、パフォーマンスといって指標で人生全体を測り始めてしまっているのです。
それはもはや、仕事が生活にあるのではありません。
生活が仕事に重きを置いている状態になってしまっているのです。
ではどうすればいいのか
動画内で言っている結論はシンプルです。
仕事以外の価値を持て。
趣味を持ってみたり、仕事と関係ない喜びを持ってみたり、生産性と無関係な時間を持つことが大事だと言います。
それはなぜか。仕事でしか自分を肯定できないと、
- 仕事が揺らいだ瞬間に自我も崩れる
- 評価が落ちた瞬間に価値を失う
- 働けなくなったら空っぽになる
でも、
- 家族との時間が価値
- 料理がうまいことが誇り
- 旅をしていることがアイデンティティ
そうなれば、仕事の「一部」になります。
仕事が人生そのものではなくなります。

仕事以外の尺度、価値を持つことを意識してみよう。
仕事を否定しているわけではない
ここが重要です。この動画では仕事自体を否定しているわけではありません。
仕事によって幸せになる人もいます。仕事で世界を変えた人もいます。
問題なのは、
「仕事でしか幸せになれない」と思い込むことです。
おわりに

最後までお読みいただきありがとうございました。今回は、「仕事ができない」は最強の悪口なのかという動画をもとに記事を書いてきました。
「仕事ができない」はなせ最高の悪口なのか?それは私たちが、仕事を人生の価値基準にしてしまっているからでした。
でも本当にそうなのでしょうか?もし明日、あなたが働けなくなったとしても、
- 優しい人であること
- 面白い人であること
- 大切な人を笑顔にできること
それは消えません。
仕事はあくまで手段です。目的ではありません。
もし今、少し疲れてしまっているのなら、あなたは、繭を作ることが人生だと信じ込んでしまっているのかもしれません。
あなたの人生は、本当に「仕事」ができているのか?
一度立ち止まって考えてもいいかもしれません。
仕事以外の尺度を持とう。
ではまた。


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