「人生は努力で変わるのか?」
政治家の玉木雄一郎さんのYouTubeチャンネル「たまきチャンネル」で語られていたこの問いから、私自身とても考えさせられましたので紹介させてください。
努力すれば報われる。
そう言い切ることができたら気持ちはいいですが、現実はそこまで単純ではありません。
一生懸命頑張っても、思ったような結果が出ないことはあります。
逆に、そこまで努力しているように見えない人が、環境やタイミングに恵まれて結果を出すこともあります。
では、努力には意味がないのでしょうか。
私はそれは少し違うかなと思います。
”努力は、必ず望んだ形で報われるとは限らない。
でも、人生が変わる可能性を少しずつ広げてくれるものではある。”
そんなことを考えさせられる動画でした。
今回はそんな、「人生は努力で変わるのか?」をテーマに記事を書いていきます。ぜひ最後まで読んでいってください。なにかひとつでも学びがあれば幸いです。
努力は必ず報われるわけではない
努力について考えるとき、まず大事なのは「努力すれば必ず報われる」と言い切らないことだと思います。
努力しても報われないことはあります。
頑張ったのに評価されない。
時間をかけたのに結果が出ない。
正しいと思って続けていたことが、後から見れば遠回りだった。
そんなことは、誰にでもあるはずです。むしろそっちの方が多いかもしれません。
努力は大事です。
でも、努力していること自体が目的になってしまうと、少し危険かもしれません。
どれだけ頑張っていても、方向性がずれていれば成果にはつながりにくい。
評価されない場所で頑張り続けても、なかなか報われない。
タイミングが合わなければ、実力があってもチャンスをつかめない。
努力が報われるかどうかは、根性だけではなく、環境や構造にも大きく左右されるのだと思います。
だからこそ考えることが必要になってきます。
今の努力は、どこに繋がっているのか。
その努力は、ちゃんと評価される場所に向かっているのか。
自分が望む未来に近づくための行動になっているのか。
努力自体を否定するのではなく、努力の向き先を見つめなおす。
それもまた、大切な努力と言えるでしょう。
努力は「報われる確率」を上げる
今回紹介するにあたった動画の中で、特に印象に残った言葉があります。
「報われる確率を上げることはできるんじゃないかな」
この考え方は、かなり現実的で、個人的にとても腑に落ちました。
努力すれば必ず報われる。
これは少し言い過ぎに感じるかもしれません。
実際、必ずというものは存在しないと思いますし、一生懸命やってもどうしてもタイミングだったり環境だったりの要因も相まってうまくいかないこともあると思います。
でも、努力によって成功に近づく”確率”を上げることはできます。
たとえば、勉強する。
知識を身につける。
経験を積む。
人と会う。
たくさん挑戦する。
その一つ一つが、すぐに結果につながるとは限りません。
でも、何もしていない人よりは、チャンスに気づける可能性は高くなると思います。
準備している人の方が、チャンスが来た時に動くことができます。
経験を積んできた人の方が、次に同じような場面が来た時に適切に判断ができます。
努力とは、成功を保証してくれるものではなく、未来の自分がチャンスをつかむための準備。
そう考えると、努力への見方が少し変わるのではないでしょうか。
「これだけ頑張ったのだから報われるべきだ」と思うと、結果が出なかったときにつらいです。
でも「この努力は、未来の確立を少し上げている」と考えると、すぐに結果が出ない時間にも意味を見出しやすくなる気がします。
報われなくても、残るものはある
もちろん、努力したからといって、すべてが思い通りにはならないと思います。
甲子園を目指して練習しても、全員が甲子園に行けるわけではない。
受験勉強を頑張っても、必ず第一志望に合格できるわけではない。
仕事で成果を出そうとしても、必ず評価されるとは限らない。
でも、その過程で見についたものは、完全には消えません。
継続する力。
考える力。
人と協力する力。
失敗から立ち直る力。
自分で決めて動く力。
結果としての目標は達成できなかったとしても、その過程で得たものが、別の場面で自分を助けてくれることがあります。
努力が報われなかったと感じるときでも、その時間のすべてが無駄だったとは限らない。
何かしらの形で、自分の中に残っているものはある。
そう思えるだけでも、少し救われると思います。
楽観的であることも、努力できる

もう一つ印象的だったのが、この言葉です。
「楽観的であるように努力しなさい」
楽観的か悲観的かは、生まれつきの性格のように思いがちです。
明るい人は元から明るいんだ。
前向きな人は元から前向きなんだ。
自分はそういうタイプではないから変えられないんだ。
そんな風に考えてしまうことがありがち。
でも、楽観的であることも、ある程度は努力できると言います。
もちろん、何があっても無理に前向きでいようという話ではありません。
悲しいことがあったら悲しいですし、嫌なことがあったら落ち込むのが当たり前です。
動画内でもこんな言葉がありました。
「悲しむときには悲しんだらいい。ただ期限を切って悲しみましょう」
悲しい時に、無理やり明るく振る舞う必要はありません。
落ち込むときは、ちゃんと落ち込んでいい。
ただ、ずっとその場所にい続けないことが大事。
その時、その瞬間だけ悩む。悲しむ。考える。
そしてある程度時間が経ったら、次にできることへ目を向けてみる。
過去に起きた出来事は変えられません。
でも、これからどう動くかは自分次第で変えることができます。
その出来事をどう捉えるかも、少しずつ変えていくことができます。
楽観的という考え方は、努力次第で変えることができるのかもしれません。
努力できないときは、仕組みを作る
とはいえ、努力をしたほうがいいと分かっていても、なかなか続かないこともあります。
ダイエットだったり、勉強だったり。やろうと思ってもなかなか続かない。
これは意志が弱いというより、”仕組み”が足りないのかもしれません。
動画の中でも、努力できない人へのアドバイスとして「少し追い込むこと」と「セットアップの時に負担をかけること」が語られていました。
ジムに入会して先にお金を払ってしまう。
誰かに宣言をする。
毎日やる時間を先に決める。
記録をつける。
努力を気合だけで続けようとすると、どうしても波があるので、やる気がある日はできても、疲れている日や気分がのらない日にできない、ということになってしまいます。
だからこそ、努力しやすい環境を先に作ることが大切です。
やる気に頼るのではなく、仕組みに頼る。
これも、努力を続けるために大事な考え方になってきます。
頑張る人が報われやすい社会へ
努力について考えるとき、個人の心がけの話だけで終わらせてはいけないとも感じました。
努力できる”環境”には差があります。
学びたくても、お金がなくて学べない人がいる。
挑戦したくても、家庭環境や地域によって機会が限られる人がいる。
努力が大事だとしても、そもそも努力できる土台がなければその努力はスタートしづらいです。
動画の最後の方で語られていた、
「頑張る人が報われる社会にしたい」
という言葉も印象的でした。
努力は個人のものである一方、努力が報われる確率を上げるには、社会の仕組みも必要です。
努力ができる環境、土台があってこそ、努力はより報われやすくなると思います。
努力は人生を変える保証ではなく、可能性を広げるもの
人生は努力で変わるのか。
この問いに対して、本記事での答えを出すとするのなら、
努力は必ず人生を変えるとは限らない。
でも、人生が変わる確率を上げてくれる。
ということになると思います。
努力の方向性を見直すこと。
報われる場所で頑張ること。
楽観的でいようとすること。
落ち込む時間に区切りをつけること。
前を向いて情報やチャンスに気づける状態でいること。
努力を続けやすい仕組みを作ること。
そして、努力する人を支える社会を作ること。
努力は、ただ根性で頑張ることではありません。
自分の未来の可能性を少しずつ広げていく行動です。
報われるかどうかは分からない。
でも、何もしなければ変わらない。
そう考えると、努力は「必ず報われるもの」ではなく、「報われる確率を上げるもの」としてとらえるくらいが、ちょうどいいのかなと思いました。
努力は結果を保証してくれるものではないけど、未来の自分のために少しはなっていると信じてやってみる。
そんな考え方で”努力”していけたらなと思います。
努力は苦しいことではなく、前を向いて希望をもって努力することだと思う。
ではまた。


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