「失敗から学ぶことが大切だ」
この言葉に反対する人は、ほとんどいないと思います。
それでも私たちは、同じ失敗を繰り返します。
あとから振り返れば明らかな間違いでも、その最中には認められなかったり、「今回は仕方がなかった」と都合のいい理由を探したりしてしまいます。
なぜ、分かっているのに失敗から学べないのでしょうか。
その理由を考えるうえで、とても面白かったのが、マシュー・サイドの『失敗の科学』です。
私は数年前にもこの本を読み、強く感銘を受けました。当時、特に印象に残ったのは「失敗を放置せず、そこから学ぶことが大切だ」という部分です。
しかし今回、改めて本の内容に触れてみると、以前とは違う部分も心に残りました。
それは、そもそも人間は、自分の失敗を認めること自体が難しいということ。
そして、失敗から学ぶには、個人の心がけだけでなく、学べる仕組みが必要だということです。
この記事では、単に本の内容を要約するのではなく、「人はなぜ失敗から学べないのか」「では、どうすれば同じ失敗を減らせるのか」を、自分なりに考えていきます。
失敗の本当の怖さは「失敗すること」ではない
失敗を完全に無くすことはできません。
どんなに経験が豊富な人でも、まじめな人でも、判断を誤ることはあります。状況が複雑になったり、時間に追われたりすれば、すべてを正確に把握することはさらに難しくなります。
だからこそ大切なのは、「一度も失敗しない人になること」ではありません。
起きてしまった失敗を正しくとらえ、次の行動や手順を変えられるかどうかにあります。
『失敗の科学』を通して見えてくるのは、失敗の本当の怖さは、失敗そのものよりも失敗から学べないことにある、という点です。
一度の失敗を隠したり、なかったことにしたりすれば、その場はやり過ごせるかもしれません。
しかし、失敗を生んだ原因はしっかり残ります。そして同じ条件が再びそろってしまったとき、また同じことが起こります。
ところが、ここで大きな問題があります。
「失敗から学ぼう」と思う前に、私たちはまず、自分が間違っていたと認めなければならないからです。
以前読んだときとは違う部分が印象に残りました。「失敗から学ぶこと」について考えたい人には、一度読んでほしい本です。
人は、自分の間違いを認めるのが苦手
間違いを突き付けられると、心の中に矛盾が生まれる
自分では正しいと思って選んだのに、あとから「その判断は間違っていた」と分かったとします。
このとき、心の中では「自分はきちんと判断できる人間だ」という認識と、「実際には判断を間違えた」という事実がぶつかります。
このように、自分の中に矛盾する考えや事実を抱えた時に生まれる不快感を、心理学では認知的不協和と呼びます。
不快感を解消する一番の方法は、「自分が間違っていた」と認め、考えを修正することです。
しかし、それは自尊心を傷つけます。
そのため私たちは、時に別の方法で矛盾を解消しようとします。
「今回は仕方がなかった」
「自分ではなく、環境が悪かった」
「まだ間違いだったと決まったわけではない」
このように事実の解釈を変えることで、自分の判断を守ろうとしてしまいます。
もちろん、失敗には本当に本人だけではどうにもならないこともあります。すべてを自分の責任だと考える必要はありません。
一方で、「自分にも変えられる部分がなかったか」を考える前に、無意識のうちに失敗から目をそらしてしまうこともあります。
認知的不協和は、一部の頑固な人にだけ起こるものではありません。誰にでも起こり得る反応です。

重大な決断ほど、間違いを認めにくくなる
道を一本間違えた程度なら、「間違えた」と認めて引き返せると思います。
では、何年もの時間や努力を注ぎ込み、周囲にも「この選択は正しい」と言い続けてきた場合はどうでしょうか。
判断を撤回することが、単なる方針変更ではなく、これまでの自分自身を否定することのように感じられます。
仕事を辞めて始めたこと。
大きなお金を使って選んだもの。
自分の立場や評判をかけて下した判断。
決断が重大であればあるほど、間違いを認める心理的負担も大きくなります。
すでに費やしたお金や時間、労力を惜しんで引き返せなくなる「サンクコスト」の問題とも重なり、私たちはますます過去の判断に縛られてしまいます。
失敗が明らかになったからと言って、必ずしも考えを修正できるわけではありません。
むしろ、そこに多くを注ぎ込んでいればいるほど、「自分は間違っていない」と証明する材料を探したくなってしまうのです。
予言が外れても、信念は消えなかった
『失敗の科学』では、終末予言を信じた集団を、社会心理学者のレオン・フェスティンガーらが観察した事例が紹介されています。
その集団は、ある日に世界が終わるという予言を信じていました。
しかし、予言の日が過ぎても世界は終わりませんでした。外から見れば、予言が間違っていたことは明らかです。
ところが、信じていた人たちは、単純に「予言は外れた」と考えたわけではありませんでした。
自分たちが強く信じたからこそ世界は救われた、という新しい説明を作り、信念を守ろうとしたのです。
ここで大切なのは、彼らを「理解できない人たち」と切り離さないことです。
仕事を辞めたり、家族との関係を変えたりしてまで信じたものを否定することは、自分がそれまでに選んできた人生までを否定するような激しい痛みを伴います。
規模は全く違っても、都合の悪い結果を見た時に言い訳を探したり、自分にとって都合のいい情報ばかりを集めたりすることは、私たちの日常にもあると思います。
人は、証拠を見れば素直に考えを変えられるとは限らないのです。
失敗を認められないのは個人だけではない
ここまでは一人一人の心の問題に見えるかもしれません。
しかし、『失敗の科学』で描かれているのは、個人だけではなく、組織もまた失敗を認められないという問題です。
むしろ、責任や評価、専門家としての評判などが絡む組織のほうが、失敗を認めることはより難しくなると言います。
正しさを守る仕事ほど、判断を撤回しにくい
本書には、米国の検察に関する事例も登場します。
検察官は、証拠を調べたうえで容疑者を起訴し、有罪であると主張します。そこには「正しい判断を下す専門家」という立場があります。
ところが、一度「この人物が犯人だ」と強く主張し、有罪判決まで出た後に、その判断を覆す証拠が出てきたらどうでしょうか。
判断を撤回することは、「当時は分からなかった」と認めるだけではすみません。無実の人を犯人と判断したかもしれないという、非常に重い事実と向き合うことになります。
そのため、新しい証拠を見て最初の判断を疑うのではなく、「この証拠には例外があるのではないか」と考え、過去の判断を守ろうとすることがあるのです。
これは検察だけに限った話ではありません。
仕事で自分の企画を通した人、部下に指示を出した上司、投資先を選んだ人など、判断に責任を持つ人ならだれでも陥る可能性があることです。
自分の判断に自信を持つことは必要なことです。
ただし、その自信が「間違っていた可能性を検証しない理由」になったとき、失敗から学ぶことは難しくなります。
報告されない失敗は、改善の材料にならない
医療に関する事例も、本書では大きく取り上げられています。
医療の現場では、小さな判断ミスや薬剤の取り違えが、人命に関わることがあります。
だからこそ、本来は失敗を詳しく調べ、二度と同じことが起きないようにする必要があります。
しかし、ミスを報告することが「自分は能力の低い人間だと認めること」や「責任を追及されること」に直結する環境では、当事者は失敗を話しにくくなってしまうと言います。
そして、失敗が報告されなければ、その背景にあった問題も見えません。
例えば、薬剤の容器が似ていたのかもしれません。
確認手順が曖昧だったのかもしれません。
忙しすぎて、一人で複数の作業を抱えていたのかもしれません。
ところが、原因を調べずに「担当者の不注意だった」で終わらせれば、失敗が起きた条件はそのままの状態で残ってしまいます。
失敗を隠すことは、その場では個人や組織を守るのかもしれません。しかし同時に、次の失敗を防ぐための情報まで消してしまうことにもなるのです。
航空業界は、失敗を「仕組み」で学びに変えた
失敗を認めることがこれほど難しいのなら、私たちはどうすればいいのでしょうか。
『失敗の科学』で、その答えとして取り上げられているのが航空業界です。
ユナイテッド航空173便が残した教訓
本書の冒頭で紹介されるのが、1978年に起きたユナイテッド航空173便の事故です。
着陸装置の異常に対処するため、機体はポートランド空港の周辺で待機を続けました。
その間にも燃料は減り続け、ほかの乗員から警告が出ていました。しかし、機長は着陸装置の問題に意識を奪われ、燃料の危機に適切に対応できませんでした。
最終的に燃料が尽き、機体は空港の手前に墜落。乗客8人と乗員2人の、合わせて10人が亡くなりました。
この事故で注目したいのは、「不真面目な人が起こした単純なミス」ではないことです。
一つの問題に集中することで別の危機が見えにくくなり、さらに、立場が上の機長に対して、ほかの乗員が危機の深刻さを十分に伝えきれないという問題も重なりました。
事故の詳しい経緯や、「集中しすぎること」が判断に与えた影響については、以前の記事で紹介しています。
ユナイテッド航空173便の詳しい経緯と「完璧な集中」が招いた失敗はこちら

人の心がけではなく、失敗が残る仕組みを作る
航空業界の重要な点は、このような事故を「パイロットは次から気を付けよう」で終わらせなかったことにあります。
飛行中のデータや操縦室の音声は、フライトレコーダーやコックピットボイスレコーダーに記録されます。
事故が起きれば、それらの記録をもとに当事者とは別の立場から調査し、原因を明らかにします。調査結果は報告書や安全勧告として残され、訓練や業務手順の見直しにつなげられます。

ここにあるのは、「経験豊富な人なら、次は間違えないだろう」という期待ではありません。
人は見落とすことがある。一つの問題に意識を奪われることがある。立場が上の人に、はっきり意見を言えないことがある。
そうした人間の弱さを前提として、失敗の原因が残り、検証される仕組みを作っているのです。
伝え方までを手順にする
ユナイテッド航空173便の事故では、機長以外の乗員も燃料が減っていることを把握していました。
それでも、危機の深刻さを機長に十分に伝えることができませんでした。
その背景には、当時の操縦室にあった強い上下関係も影響したとされています。
この事故を含む複数の事故や研究を契機に、航空業界ではCRM(クルー・リソース・マネジメント)という考え方が広がっていきました。
CRMでは、操縦技術だけではなく、乗員同士のコミュニケーション、意志決定、状況認識、チームワークなども重視します。
つまり、「部下も勇気を出して意見を言おう」と個人の性格に任せるのではなく、必要な情報が伝わりチームとして判断ができるように、訓練や手順そのものを変えたのでした。
もちろん、航空業界が安全になった理由を、一つの事故や一つの制度だけで説明することはできません。
それでも、起きた事故を記録し、調査し、組織全体の手順に反映する姿勢から学べることは多くあります。
「次は気を付けます」で終わらせないために
航空業界のような大規模な仕組みを、個人がそのまま再現することはできません。
それでも、「心がけではなく仕組みで補う」という考え方は、仕事や日常生活にも応用できます。

反省しても、同じ状況では同じ行動を取りやすい
失敗した直後は、誰でも反省します。
「もう二度と同じことはしない」
「次はもっと冷静に判断する」
その時は、本気でそう思っています。
しかし、時間が経って同じ状況に置かれると、また焦ったり、面倒に感じてしまったり、目の前のことに集中しすぎてしまったりします。
前回の反省が嘘だったわけではありません。
ただ、反省したときの自分と、失敗が起きる状況に置かれた自分は、同じように考えられるとは限らないのです。
だからこそ、「次は気を付ける」という決意だけではなく、同じ状況でも行動が変わる仕組みを作る必要があります。
私も「取り返したい」という気持ちに負けたことがある
この考え方は、私自身の株取引にも恥ずかしながら当てはまります。朝の寄り付きの時間帯のデイトレードでの話です。
以前、最初の取引で損失を出した後、「この損失を取り返したい」という気持ちから、もう一度エントリーしてしまったことがありました。
冷静なときには、損失を取り返そうとして取引するのは危険だと分かっています。
それでも実際にお金を失うと、「このまま終わりたくない」「もう一回やれば取り返せるかもしれない」「最悪トントンで終わらせられればいいな」という感情が湧き出てきます。
そこで「次からは感情的にならないようにしよう」と反省をするだけでは、また同じ状況で同じ判断をしてしまうかもしれません。
そのため、朝のデイトレは1日1回だけ、再エントリーはしない、とあらかじめルールを決めました。

頭ではわかっていてもどうしても感情的になってしまう。そこを仕組みで解決しようとしました。それでも難しいですが何とかやっています。
これは、自分の感情を完全にコントロールできるようになったからではありません。
むしろ、損失を出した直後の自分は冷静に判断しにくいと認めたうえで、判断する余地を減らしたのです。
失敗から学ぶとは、自分を強い人間に変えることだけではありません。
弱さが出る場面でも、同じ失敗を繰り返しにくい形に変えておくことも、大切な学びだと思いました。
反省を、次の行動が変わる形にする
「気を付ける」を仕組みに変える方法は、難しいものでなくても大丈夫です。
例えば、忘れ物が多いなら「忘れないように意識する」のではなく、玄関に持ち物一覧を置く。
作業の抜けが起きたなら「集中する」のではなく、終わった項目にチェックを入れる。
勢いでお金を使ってしまうなら「我慢する」のではなく、一定額以上の買い物は翌日まで決済しないと決める。
重要なのは、立派な反省文を書くことではありません。
次に同じ場面が来たときに、実際の行動が変わる状態を作ることです。
失敗したときに考えたい4つの質問
失敗したときは、自分を責め続ける代わりに、次の4つを確認してみます。
- 実際に何が起きたのか。事実と自分の解釈を分けて記録できているか
- そのとき、何を根拠に正しいと判断したのか
- 同じ状況でもミスが起きにくくなるように、何を変えられるか
- 次に確認する日や、見直す条件を決めたか
失敗の原因すべてを自分の性格に求めると、「もっと注意する」「もっと頑張る」という結論になりがちです。
しかし、それだけでは次の行動はほとんど変わることはありません。
記録方法、確認するタイミング、上限、禁止条件、周囲への相談など、具体的に変えられるものを探すことが重要です。
数年前と今で、『失敗の科学』の印象が少し変わった
数年前にこの本を読んだとき、私の中に強く残ったのは「失敗から学ぶことが大切だ」というメッセージでした。
実際、当時の記事では、ユナイテッド航空173便の事故と「集中しすぎることの危険」を中心に紹介し、失敗を放置せず、次に生かすことの大切さを書いています。
もちろん、その考えは今も変わってはいません。
ただ、今回改めて内容に触れてみてより強く感じたのは、その一段手前にある「失敗を認めることの難しさ」でした。
失敗から学ぶには、まず「自分は間違っていたのかもしれない」と認めなければなりません。
しかし、人は自分の判断、努力、立場を守るために、無意識のうちに間違いを否定することがあります。
だから、「失敗から学べる人になろう」という決意だけでは足りません。
記憶が残ること。
自分以外の視点が入ること。
失敗を報告しても、責めるだけで終わらないこと。
そして、原因に合わせて実際の手順が変わること。
数年前の私は、この本を「失敗した後の心がけ」を教えてくれる本として読んでいました。
今は、人間の弱さを前提に、失敗から学べる環境をどう作るかを考える本だったのかなと感じています。
同じ本でも、自分の経験や置かれている状況が変わると印象に残る部分が変わります。
一度読んだ本を数年後に読み返す面白さも、そこにあるのかもしれないなと思いました。
『失敗の科学』は具体的な事例が豊富で、同じ「失敗」というテーマを様々な角度から考えられる本です。
紙や電子書籍のほか、Audible版も配信されています。まとまった読書時間を取りにくい人は、通勤や家事をしながら聞く方法もあります。
『失敗の科学』は耳で聴くこともできます
まとまった読書時間を取りにくい方は、 通勤中や家事をしながらAudibleで聴くのもおすすめです。
※配信状況やキャンペーン内容は変更される場合があります。
まとめ|失敗から学ぶには、意志より仕組みが必要
失敗から学ぶことが大切だということは、私たちはすでに知っていると思います。
それでも同じ失敗を繰り返してしまうのは、反省が足りないからとは限りません。
そもそも人間には、自分の判断が間違っていたと認めにくい面があるからです。
だからこそ必要なのは、強い意志だけに頼らないことです。
- 失敗の事実を記録する
- 自分以外の視点を入れる
- 「気を付ける」ではなく手順を変える
- 次に同じ状況が起きた時の行動を決める
失敗しない人になることはできなくても、失敗が次の改善につながる環境は作ることができます。
『失敗の科学』を数年ぶりに振り返って、私が改めて感じたのは、
人は意志の力だけでは失敗から学びにくい。だから、失敗を認めて改善できる仕組みが必要だ。
ということでした。
次に失敗したとき、「次は気を付けよう」で終えるのでなく、「同じ失敗が起きにくくなるように、何を変えられるだろう」と考える。
まずはそこから始めてみよう。
失敗を認めるというのはむずかしいんだなぁ。
ではまた。

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