最近、「タイパ」という言葉をよく聞きます。
「タイパ」とは「タイムパフォーマンス」の略称。つまり、かけた時間に対してどれだけ成果があったか、どれだけ効率が良かったかという考え方のことです。
動画は倍速で見る
本は要約で読む
買い物はネットで済ませる
家事は便利家電に任せる、などなど。
確かに、効率よく時間を使うことは大事です。無駄な時間を減らしたいし、どうせ同じことをするなら早く終わらせたいと思うのは普通だと思います。
しかしこんな考え方を目にして、今回記事にしようと思いました。
時間を節約することばかり考えていると、逆に時間に追われるようになるのではないか。
今回は、「時間」をテーマとし、「クロノス的時間」と「カイロス的時間」という考え方から、時間の使い方について考えていきましょう。
クロノス的時間とは何か

クロノス的時間とは、簡単に言うと時計で測れる時間のことです。
朝7時に起きる
9時から18時まで働く
通勤に40分かかる
30分で夕飯を作る
1日24時間
1週間で成果を出す
こういった数字で区切れる時間が、クロノス的時間です。
私たちの生活は、かなりこのクロノス的時間を中心に動いています。学校も会社も、社会は基本的に「時間」で管理されています。
何時に始まって、何時に終わるのか
何分遅刻したのか
何時間働いたのか
何日までに提出するのか
今の社会で、時計やカレンダーがなくなってしまったらかなり混乱すると思います。
クロノス的時間は悪いものではなく、むしろ生活を成り立たせるためには必要なものと言えるでしょう。
お金の管理とも相性はいいです。
毎月いくら使ったのか
毎月いくら貯金できたのか
何年後までにいくら資産を作りたいのか
何時間働いて、いくら給料をもらっているのか
こういった数字で見えるものは、把握もしやすく改善もしやすいです。
家計管理でも投資でも、数字で把握することはかなり大事になってきます。なんとなく不安に感じているだけでは、何を変えればいいのかわかりません。
しかしここで一つ問題があります。
それは、数字で測れるものばかりを見ていると、数字で測れないものの価値を忘れやすくなるということです。
カイロス的時間とは何か

クロノス的時間とは別に、カイロス的時間という考え方があります。
カイロス的時間とは、時計では測れない意味のある時間のことです。
何分だったか、何時間だったかという指標ではなく、その時間が自分にとってどんな意味を持っていたか。例えば、
「この本を読んで、少し考え方が変わった」
「散歩していたら、頭の中が整理された」
「何気なく見た動画が、妙に心に残った」
「お金について考えていたら、自分が何を大事にしたいのか分かってきた」
こういった時間は、時計だけでは価値をはかることはできません。
10分でも大きな気づきがあるときもあれば、3時間使っても何も残らないときもあります。
つまり、時間の価値は長さだけでは決まらないということです。
クロノス的時間が「量」だとすれば、カイロス的時間は「意味」に近いと思います。
何分使ったかではなく、その時間が自分の生活や考え方がどうつながったのか。
ここを見るのが、カイロス的時間の考え方になります。
タイパを求めすぎると、時間が全部タスクになる
タイパを意識すること自体は、悪いことではありません。
忙しい中で効率よく学ぶことも大事ですし、無駄な作業を減らすことも大切です。
一方でタイパを求めすぎると、デメリットもあると思います。
それは、すべての時間を成果で判断するようになってしまうことです。
この動画を見る意味はあるのか
この本を読む価値はあるのか
この散歩に生産性はあるのか
この休憩時間は何も生み出さないのではないか
そんなふうに考え始めると、生活の中にあるすべての時間が「評価対象」になってしまいます。
そしてなにより、楽しくありません。(楽しいの尺度は人それぞれですが)
限られた時間を大切に使う意識は必要です。ですが毎分毎秒に意味や成果を求めると、疲れてしまいます。
休んでいるはずなのに休めない
趣味のはずなのに、成果を出さないといけない気がする
本を読んでも、何か学ばなければ損した気になる
こうなってしまうと、時間を効率化しているようで、むしろ時間に支配されているような状態になってしまいます。
時間を節約しても、心に余裕ができるとは限らない
現代はかなり便利になり、ネットで気軽に買い物ができたり、キャッシュレスで支払いもできたり、調べものも最近だとAIに聞けば一瞬で終わらせることができます。昔に比べると日々暮らしは豊かになり便利になっていると思います。
単純に考えれば、便利になった分だけ時間にも余裕ができそうです。
でも実際には、あまり余裕が増えていない気がします。
なぜ増えていないかを考えてみると、それは、時短で生まれた時間に、新たな別のタスクを詰め込んでしまっているからだと考えられます。
空いた時間に新たなことをすること自体は悪いことではなく、前向きな行動だと言える一方で、空いた時間をすべて「何かを達成する時間」に変えてしまうと、いつまでたっても余裕・余白は生まれてきません。
時間を節約しているはずなのに、なぜか忙しい
効率化しているはずなのに、なぜか疲れる
このように感じてしまうのには、浮いた時間をまたクロノス的に使い切ろうとしているからなのかもしれません。
時短は目的ではなく、選択肢を増やすための手段
時短や効率化は、目的ではなく手段です。効率が目的になってしまうと、自分が苦しくなってしまいます。
時間を節約したいのは、時間そのものを集めたいからではないと思います。
節約した時間で、自分の好きなことをやりたいからのはずです。
将来の不安を少しでも減らしたい、選べる状態を作りたいというのもあると思います。
そう考えると、時短の目的は「空き時間を作ること」ではなく、時間の使い方を自分で選べる状態に近づけることなのかもしれません。
お金の話でも同じことが言える

お金の話でも同じことが言えるかもしれません。お金も数字で見えるものの代表格。
年収、貯金額、投資額などなど。数字で見えるからこそ分かりやすいです。
そして分かりやすいからこそ、ついつい人と比べてしまいます。
「あの人は自分より稼いでいる」
「あの人はもうこれだけ資産がある」
「自分はまだまだダメだ」
そんなふうに考えてしまうこともあります。ですが、お金も時間も、あくまでも道具です。
お金を増やすこと自体が人生のゴールではありません
時間を節約すること自体が人生のゴールでもありません
大事なのは、そのお金や時間を使って、どんな生活を作りたいのかのはずです。
固定費を下げるのは、ただケチになるためではありません
投資をするのは、ただ証券口座の数字を増やすためではありません
少しでも選択肢を増やすため、そして不安を減らすため。自分の人生を自分で選びやすくするため。
お金の管理も時間の管理も、数字で見えるからこそ、数字だけを追いかけすぎると、本来の目的を見失ってしまいます。
ここは気を付けたいところです。
クロノス的時間を整えて、カイロス的時間を増やす
ここまで書いてきて、クロノス的時間が悪いもののように見えるかもしれません。
しかしそれは違って、クロノス的時間を整えるという考え方がいいと思います。
生活リズムと整える
睡眠時間を確保する
家計簿をつける
予定を管理する
仕事の締め切りを守る
投資のルールを決める
こういったクロノス的な管理があるからこそ、生活は安定します。
問題なのは、クロノス的時間だけで人生を判断してしまうことにあります。
何分得したか
何時間働いたか
何円増えたか
何%上がったか
もちろん大事かもしれませんが、それだけでは人生の豊かさは測ることはできません。
だからこそクロノス的時間を整えたうえで、カイロス的時間を増やす意識が必要なのだと思います。
お金のことを考える時間にも言えます。ただ節約額や利回りを見るだけではなく、「自分はどういう暮らしをしたいのか」を考えるきっかけになるのなら、その時間には大きな意味があると言えるでしょう。
効率の良さだけでは気づけないこともある
効率よく生きることは大事です。無駄なことに時間を奪われることは不快感があると思います。
ただ、効率の良さだけを追い求めていては気づけないこともあるはずです。
遠回りしたからこそ、失敗したからこそ気づけることはあると思います。なんとなく始めたことが、後になって結果になるなんてこともあるでしょう。
こういったものは、最初からタイパ重視で判断していたら手に入れられなかったものかもしれません。
効率だけで見れば、無駄に見える時間。
でもそれが長い目で見れば意味があった時間なのかもしれません。
今回は、クロノス的時間とカイロス的時間という「時間」をテーマに一記事書いてみました。
これを読んだあなたの時間が「カイロス的時間」になればなと。
ではまた。


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