お金のことを考えていると、私たちはつい「自分にとって得か、損か」で物事を見てしまいます。
それ自体が悪いことではありませんが、限られたお金や時間を守るためには、損得を考えることも時には必要です。
ところが、一人ひとりが自分にとって合理的な選択をした結果、全員が損をしてしまうことがあると言うのです。
江崎貴裕さんの著書『数理モデル思考で紐解く RULE DESIGN―組織と人の行動を科学する―』を読んでいて、特に面白いと思ったのが「囚人のジレンマ」と「公共財ゲーム」です。
協力したほうが得なのに、なぜ人は協力できないのでしょうか。
そして、人が自然と協力したくなる環境は、どのように作ればよいのでしょうか。
今回は、2つのゲームを通して、人間の行動と協力が生まれるルールについて考えていきます。
協力したほうが得なのに協力できない「囚人のジレンマ」
囚人のジレンマは、2人のプレイヤーが相手と相談せず、それぞれ「協力」か「裏切り」を選ぶゲームのことです。
本書で紹介されている例では、2人とも協力すれば3万円ずつ受け取れます。合計6万円なので、これは2人にとって最も良い結果になります。
しかし、自分だけの利益を考えると話が変わってきます。
- 相手が協力するなら、自分は裏切れば5万円を受け取れる
- 相手が裏切るなら、自分も裏切ったほうが1万円を受け取れる
つまり、相手がどちらを選んでも、自分だけを守るなら「裏切り」が安全な選択肢に見えてきます。
その結果、2人とも裏切りを選び、1万円ずつしか受け取れなくなる。2人とも協力すれば3万円ずつ受け取れたのに、合理的に考えたことで、かえって悪い結果にたどり着いてしまうのです。

これは特別なゲームの中だけで起きる話ではありません。
職場の共有スペースを誰が片付けるのか。グループの仕事で誰が面倒な役割を引き受けるのか。みんなで協力すれば早く終わると分かっていても、「自分だけが頑張って、ほかの人が何もしなかったら損だ」と考えてしまうことがあるのです。
協力できないのは、その人の性格が悪いからとは限りません。協力した人だけが損をするかもしれない構造がそのものが、裏切りを選ばせているとも考えることができます。
今回紹介した囚人のジレンマと公共財ゲームは、『数理モデル思考で紐解く RULE DESIGN』で特に印象に残った内容です。本書では、人がルールどおりに動かない理由が、身近な事例とともに紹介されています。
「自分一人くらい」が集団を弱くする公共財ゲーム
公共財ゲームでは、5人のプレイヤーがそれぞれ1万円を持ち、好きな金額を共通のプロジェクトへ投資します。
集まったお金は1.6倍になり、投資額に関わらず5人へ均等に分けられます。
全員が1万円ずつ出せば、集まるのは5万円。それが8万円になって戻ってくるため、1人当たり1万6,000円を受け取れます。全員が6,000円ずつ得をする計算です。
ところが、ほかの4人が1万円ずつ出し、自分だけが1円も出さなかったらどうなるでしょうか。
4万円を1.6倍にした6万4,000円が5人に分けられるため、分配額は1人1万2,800円です。投資しなかった人は、手元に残した1万円と合わせて2万2,800円を得られます。
つまり、自分だけ出さない人が最も得をしてしまいます。
これが「タダ乗り」と呼ばれる行動です。短期的には賢い選択に見えますが、全員が「自分一人くらい」と考えてしまえば、プロジェクトには1円も集まりません。結果として、誰も追加の利益を得ることができなくなってしまいます。

人間はいつも理論通りに裏切るわけではない
ここまで読むと、人間は結局、自分の利益を優先して協力しない生き物のように見えてしまうかもしれません。
ところが、実際の人間はそれほど単純でもありません。
本書で紹介されている公共財ゲームのある実験では、参加者の約50%が、周りの人の投資額に合わせて自分の投資額を変える「条件付き協力」の傾向を示しました。一方で、最初から投資しない人は約3割でした。
この実験から言えるのが、多くの人は、無条件に協力するわけでも、必ず裏切るわけでもないということです。
”周りが協力しているなら自分も協力する。周りが協力しないなら、自分も協力しなくなる。”
私たちは周囲の行動を見ながら、自分の行動を決めているのです。
これは裏を返せば、最初の数人が協力しなかっただけで、「どうせ誰もやらない」という空気が広がる可能性もあると言えます。
人の性格よりも「ここがどんな場所か」が行動を変える
もうひとつ面白かったのが、同じ囚人のジレンマに異なる名前を付けた実験です。
ゲームの内容は全く同じままで、一方には「コミュニティゲーム」、もう一方には「ウォール街ゲーム」という名前を付けました。
すると、最初のラウンドで協力した人の割合は、コミュニティゲームではおよそ7割、ウォール街ゲームではおよそ3割になりました。
「コミュニティ」と聞けば助け合う場所を思い浮かべ、「ウォール街」と聞けば利益を奪い合う競争を思い浮かべる。ゲームの名前が、その場で獲るべき行動を暗示したと考えられます。
さらに、この実験では、事前に周囲から「協力しそう」「裏切りそう」と見られていた評判よりも、ゲームにつけられた名前のほうが行動と強く結びつきました。
少なくともこの実験を見る限りは、人を「協力的な人」「自分勝手な人」と簡単に見分けることができません。人の行動は、その人が置かれた環境や、その場をどう受け取ったかによって変わってきます。
人が自然と協力したくなる環境を作るには
では、協力を個人の善意だけに任せず、自然に生み出すにはどうすればよいのでしょうか。3点まとめました。
協力した人だけが損をしないようにする
まず必要なのは、協力した人だけに負担が偏らない仕組みです。
だれがどの役割を担うのかを明確にして、負担が大きい人には、その分だけ別の形で返す。タダ乗りをした人が最も得をする状態を放置しないことが大切です。
「協力してください」と呼びかける前に、協力することが損になっていないかを確認する必要があります。
周りの協力が見えるようにする
条件付きで協力する人が多いなら、誰かの協力が次の協力を生みます。
反対に、頑張っている人の姿が見えなければ、「自分だけがやっている」と感じやすくなります。結果だけでなく、途中の協力や貢献も見えるようにすることが大切です。
競争ではなく協力する場所だと伝える
「コミュニティゲーム」と「ウォール街ゲーム」の実験から分かるように、言葉や場の雰囲気も行動を変えます。
個人の成績ばかりを比べながら「チームで協力しよう」と言っても、伝わるメッセージは曖昧になってしまいます。何のために協力するのか、協力によって誰にどんな良いことがあるのかを共有する必要があるのです。
人を責める前に、協力できない構造を見直す
囚人のジレンマと公共財ゲームを知ると、協力しない人を単純に「自分勝手だ」と責めるだけでは、問題が解決しないことが分かると思います。
その人にとっては、協力しないことが最も安全な選択になっているのかもしれません。
「どうして自分ばかり」と感じてしまう瞬間は誰にでもあると思います。しかしそれは、相手の性格だけではなく、協力した人に負担が偏ってしまう仕組みや、周囲の行動が見えない環境にも原因があったのだなという気づきがありました。
人の善意を期待するだけではなく、協力した人が損をしない仕組みを作る。周囲の協力が見えるようにする。そして、ここは競争ではなく、協力する場所なのだと伝える。
人を変えようとする前に、まずは人を取り巻くルールを見直す。協力とは個人の性格だけで決まるものではなく、環境によって引き出される行動なのかもしれません。
タダ乗りするのも悪くないが長期的に見たら協力したほうがいいよね。
ではまた。
今回の内容をもっと深く知りたい人へ
協力したほうが得なのに協力できない――。その背景には、個人の性格だけでなく、報酬や罰則、場の空気といったルールの設計があります。 『数理モデル思考で紐解く RULE DESIGN』は、そんな「人が想定どおりに動かない理由」を、さまざまな実例から考えられる一冊です。この記事を読んで、協力が生まれる仕組みやルールの作り方に興味を持った人におすすめです。
参考にした書籍・研究
- 江崎貴裕『数理モデル思考で紐解く RULE DESIGN―組織と人の行動を科学する―』ソシム、2022年(出版社公式)
- Urs Fischbacher, Simon Gächter, Ernst Fehr, “Are People Conditionally Cooperative? Evidence from a Public Goods Experiment,” Economics Letters, 2001(研究論文PDF)
- Varda Liberman, Steven M. Samuels, Lee Ross, “The Name of the Game: Predictive Power of Reputations versus Situational Labels in Determining Prisoner’s Dilemma Game Moves,” 2004(PubMed)


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